落ちていくパチンコ玉のように

by axe | 2006年12月17日(日) 23:47

ボクの所属している事務所では、定期的に審査会というものがあります。まぁ、読んで字のごとくそれぞれの演技力や表現、キャラクターを講師の先生方が見て点数をつけるわけです。点数が付くということは優劣ができるのは必然なわけで、その結果が順位として並べられます。
“演技に優劣をつけること自体どうなのか?”とは思いますが、何十人も抱える事務所としては相対的な指標も必要だなぁとは思う部分もあります。
もちろん芝居なんて主観で見れば好みによってさまざまで、好き嫌いがはっきり出たり、作品として考えると”価値”なんですが、そこにゼロがいくつなんて金額が付くわけでもないので数字としてあらわしにくいものです。もともと価値観なんて人それぞれですしね。だから審査基準も個人によって違うし、平均点の値がはっきりしてないのでそこら辺は非常にあいまいな線引きになります。同じ審査員が見ているので最終的な総合点はぶれないんだろうけど、やはり確立してはいない。複数の人が演技に点数をつけるんだから基準が違うのはあたり前なんですが。
しかし、注意しておきたいのは「良いものと悪いもの」の違いは映画やドラマなどの作品でも、やっぱり明確に伝わります。演技や芝居はあくまで見て楽しむものであり、見られてナンボの世界。結果「良い」か「悪い」で判断されるので、自分がいくら会心の演技をしても、「ダメ」と言われりゃそれまでなわけで。お客さんの存在があってはじめて成立するモノです。結局、自分よがりな演技論で芝居をしていても、それはただの自己満足で、一番大事なのは最終的に見てくれた人に”何を与ええられるか”なんだろう。
しかし、その過程で表現が中途半端だったり、やりたいことがズレていたり、あくまでお客さんの観点から考えると気持ちが悪い部分、見ていて「気持ちよくない」トコロ、そんな部分を重箱の隅をつつくように言ってもらえるのが審査会のような機会なんだと思う。よって審査のチェック項目や、コメントも客観的な部分に終始します。
ただ、その弊害として芝居をする側が”マイナス”を恐れて楽しめないようになっているように思えます。やりたいことが出し切れてないような感じ。そんな閉塞感が漂った演技を延々と見せられる審査員の気持ちも容易に想像できます。しかも、みな同じ課題・・・。
そこでボクは、今回の審査会は、そのあいまいな線引きにドンドン踏み込んで挑戦していこうと決めて臨みました。もちろんそれに伴う技術がなくてはただのネタ見せ大会になってしまいますが。
いつもそうなんですが、やっぱり自分が楽しんでないと伝えられるものも伝わらない。大切なのは、お客さんに評価されるんじゃなくて、観てもらえることなんだから。さらに大勢の客の中の、誰かの感性に引っかかることはもっと重要だ。それが全員のストライクに入るわけはないし、安全な場所に無難に打ち込んでてもスロットがただ回るだけではドラマがない。
今後のために反省点をいくつかあげてみる。
自己PRは事前にまとめておきましょう。気を使った芝居・・・。使ってるつもりは・・・、なくはないか。

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この記事へのコメント (1)

  1. ぺこ

    お芝居って性格が出ますよね。AXEさんはお優しいから、お芝居にもあらわれるんでしょうね(^^)私は大真面目にお芝居をしているつもりなのに、まわりからは「コントみたいでおもしろい!」と言われてしまい(;^_^
    私のすべてはコントど出来ている?ダメじゃーんですね…
    定期審査会お疲れさまでしたm(__)m

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