ボディブローのようにじわじわと

by axe | 2006年5月25日(木) 23:52

僕は周りが思ってるより卑怯者だ。簡単でどうでもいいような、当たり障りのないことはよくしゃべるくせに、大変なこととか重大なことは自分ひとりで抱え込む。誰にも話さないで解決しようとする。それってものすごく失礼なことじゃないだろうか。たぶん本質的に僕は独りぼっち。そんな成分分析をしながら自分を一番動かしやすいテコを探している。独りで。
特別なことを抱え込んでいるような感覚に浸って、思案している自分に酔っているけど。考えていることはきっとみんな同じなんだ。共有できない部分は一緒なんだ。違うのは抱え込む思考のキャパシティ。なんだなんだ。お湯が沸く前にカップ麺のかやくを取り出し、粉末スープの味を指で舐めて確かめる。「こちら側からどこでも切れます」の部分がうまく切れない。沸点が以上に低い。
しょっぱい。

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この記事へのコメント (2)

  1. どら

    おいらもよく一人で抱えます。辛いキモチ、苦しいキモチ
    ためます。
    だって足らないだらけの私が弱いところ見せたらそこをつかれて引きずりおろされそうになるから…
    そんなのもういやだよ…
    「弱いところ見せられるヒトは勇気のある人。つまり強いヒト。」
    そんなことばをきいた。たしかにそうだね。
    だけどね、受けとめてくれる「ヒト」が必要だよ。受けとめてくれるから強くなれるんだよ。ほしくてほしくて仕方ない存在。でもおいらにはいない。
    あぁ みせてくれなきゃうけとめられないか。
    友達以上のヒトはちょっぴりのユウキで手に入りますか?
    なら「ちょっぴりのユウキ」
    ほしいな
    おいらは弱いからユウキからないの
    だから「ちょっぴりのユウキ」ください
    やっぱりかっこいいことかけませんね(^-^)今日めずらしく落ち込まなかったおいらが根暗なおいらと向き合ってみましたです。

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  2. axe@管理人

    >>1 どら さん
    「強いヒト」は誰も要らないわけじゃないのかと。
    でも一人で何でも出来てるように見えるヒトって、強そうですよね。
    カッコつけてるわけじゃないんだけど。
    ひとつの物事でも、それに対する考え方の違いで世界は思ってたものとはぜんぜん別物になるよね。
    きっと友達上のヒトは「強いヒト」ではなくお互いに補完しあえる存在じゃないでしょうか。
    そんな存在を欲することが第一歩じゃないかと思うわけですよ。
    そう思っているだけで十分「ちょっぴりのユウキ」感じます。
    どらさんカッコイイ。

    返信

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