エンゲージメント数は、民意ではない

SNSで声がでかい (表現がキツイ)人が強く見えるのは、どちらとも取れる配慮した発言より、振り切ったビビッドな意見のほうが良くも悪くも反応されやすく、エンゲージメントがつくので、より目に止まりやすい。

みんなよく誤解してるんですけど、SNSって「議論の場」じゃなくて基本的には「感情の掃き溜め」なんですよね。配慮のある発言とか、論理的に正しいだけの文章って、読んでてつまらないのでドーパミンが出ない。

逆に、極端な暴言とか、主語をデカくした喧嘩腰の発言のほうが、SNSの人たちには刺さるんです。「よく言ってくれた!」って信者がつくか、「ふざけんな!」ってアンチがつくか。どっちに転んでもエンゲージメントは伸びるんで、アルゴリズム的には「優秀なコンテンツ」として扱われちゃうわけです。

でも本質は、大多数の配慮できる層が「関わるのやめよ」と積極的な発言を回避しだすんですよね。
まぁトラブルを避けるコスト意識でサイレントマジョリティーが生まれるのは極めて合理的なので、短絡的な発言者よりも埋もれた沈黙の多数派の方が、賢者であるとも考えられます。

目先のフォロワー数やエンゲージメント数で本質とは別の説得力が生まれてしまうのは典型的な可視化バイアスなので、 「エンゲージメント数は必ずしも民意ではない」と言うことは常に心に留めておきたい。

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