『HUNTER×HUNTER』王位継承編が読みにくいのに異常に面白い理由

HUNTER×HUNTER第401話「月光」の場面 日記・考えごと

約1年半ぶりに連載再開となった『HUNTER×HUNTER』という漫画のすごさを語ってみる。

現在進行中の王位継承編のすごさは、端的に言うと、少年漫画のフォーマットを使って「国家・血統・宗教儀式・諜報戦・組織論・能力バトル・復讐劇」を全部同じ船に閉じ込めていること。

暗黒大陸へ向かう船内で「三つ巴のマフィア抗争」「ヒソカを追う幻影旅団」「エイ=イ一家狩り」が同時進行しており、さらにクラピカの講習会、ロンギから明かされるビヨンドの秘密、ボノレノフとヒソカの接触まで絡んでくる。

つまり王位継承戦は、単なる「王子同士の殺し合い」ではなく、上層・中層・下層、王族・ハンター・マフィア・旅団・ヒソカ・ビヨンド勢力が、別々の目的で同じ密室に入ってしまった巨大な圧力鍋状態。

まず異常なのは、バトル漫画なのに“戦闘が起きる前”が一番面白いところ。

普通の能力バトルなら、能力を出す、攻略する、勝つ、という流れがカタルシスとなる。しかしこの王位継承戦では、能力を出した瞬間に自分の手札が割れる。誰が敵かもわからない。味方に見える人物も、王妃・王子・私設兵・ハンター協会・ビヨンド側・それぞれが自分自身の思惑を抱えている。
だから戦闘力よりも、「情報の非対称性をどう扱うか」が勝敗を決める構造になっているのがエグい。
そして、その描写が半端ない。すべてのやりとりでハッタリや駆け引きの可能性があり、登場人物が発言していることすら読者が疑わなくてはいけないという難解さ。

そして、この王位継承編の読書体験そのものが、かなり特殊だ。

もはや「読む」というより、捜査している感覚に近い。
あるいは、軍議に参加しているというか、盤面の更新作業を強いられているというか。

誰がどの情報を持っているのか。
誰が誰の陣営なのか。
どの念能力が、どの制約で、どの条件下で発動しているのか。
今の発言は本音なのか、ブラフなのか、それとも本人がまだ状況を理解していないだけなのか。

読者側も、ただページをめくっているだけでは置いていかれる。
常に仮説を立てて、保留して、更新して、場合によっては前提ごと捨て直さないといけない。

だから、「文字が多い」「キャラが多い」「話が進まない」という不満が出るのはわかる。
実際、読みやすい漫画ではない。週刊連載で追うには相当しんどい。

ただ、そのしんどさ自体が、王位継承編の設計に組み込まれている感じすらある。

王位継承戦は、読者にわかりやすい快楽 (カタルシス)だけを渡してはくれないのだ。
むしろ、複雑な状況を理解する負荷そのものを娯楽化している。
ここが冨樫義博の特異なところだと思う。

普通、少年漫画は読者を迷わせすぎないように設計する。

強い敵が出る。
主人公が壁にぶつかる。
修行する。
攻略する。
勝つ。

でも『HUNTER×HUNTER』は、あえて迷わせる。
ただし、雑に混乱させているわけではない。

各勢力の利害、役職、念能力、心理、階層構造、血縁、宗教儀式、軍事システムによる政権抗争が、かなり論理的に組まれている。
つまり「意味がわからない」のではなく、「わかるための情報が散らばっている」。
読者が拾えば、見えてくる。逆に言えば、拾わないと見えない。
ここまで「構造」を描こうとしている少年漫画は、かなり珍しい。

そして、今回の王位継承戦は、「まともそうな人が勝てばいい」という単純な話にしていない。
ここが本当に上手い。

誰が死んでも盤面が動く。
誰かが善意で動いても、それが別の場所で破滅を生む。

王位継承編のすごさは、物語が“線”ではなく“網”で進んでいることだと思う。

普通の漫画は、主人公がいて、敵がいて、目的地がある。
物語は基本的に一本の線として進む。

でも王位継承戦は違う。
無数の線が、同じ船内で絡み合っている。
それぞれが別ジャンルの物語を持っているのに、全部同じ空間に押し込まれている。

だから読んでいると、「このキャラの話をもっと見たい」と思った瞬間に、別の場所へ視点が飛ぶ。
普通ならストレスになる。
でも王位継承戦の場合、それが単なる寄り道ではなく、船全体のパワーバランスにつながっている。
視点が切り替わるたびに、世界が薄まるのではなく、むしろ濃くなる。
2時間の映画で描かれるような群像劇を4クールのドラマにして超濃密に細部まで描写しているような感じ。

個人的には、王位継承編は「面白い漫画」というより、漫画という形式で作られた巨大な思考実験に近いと思っている。

人間の欲望を能力化した世界で、国家権力の継承儀式を行ったらどうなるのか。
情報が不完全なまま、各プレイヤーがそれぞれ合理的に動いた時、善意と悪意はどう衝突するのか。

そして冨樫先生は、それを説明文 (小説)ではなく、漫画というフォーマットを用いて、キャラクター、念能力、会話、密室、力関係、そして圧倒的な漫画力 (コマ割り、表情、構図、情報配置)で描いている。

だから王位継承編の魅力は、派手なカタルシスではない。
理解した瞬間に、ぞくぞくするタイプの快感だ。
ミスリードすらも気持ちいい。
そういう読書が、ずっと続く。

結局、王位継承編のすごさは、複雑であることから逃げていないところにある。

人間の欲望も、権力の構造も、念能力の制約も、情報戦の怖さも、善意が破滅を生む残酷さも、全部を単純化せず、同じ船の中に閉じ込めている。

だから読みやすくはない。
でも、読み解けた瞬間、異常に面白い。
派手なバトルの快感ではなく、構造が見えた瞬間にぞくっとする漫画だ。
複雑な世界を複雑なまま読ませることで、理解そのものを快感に変えている。そこが本当にすごい。

---
サムネイル: (C) 冨樫義博/集英社/『HUNTER×HUNTER』 第401話「月光」

コメント

ちょっと、寄り道。

昔の文章から、今日の一篇。

もう一篇、見つける