月別 アーカイブ: 8月 2010

タイヨウ

突然ぷつんと音を立てるように、長い長い夏休みが終わりました。
ずっと続くかと思えたような暑さも、冬になればきっといくらか忘れてしまうのだろう。
何もしなくても、何かしていても季節は変わってしまう。
自ら進ませようとしなくとも、季節は巡り、夏は終わりを告げてしまう。整理ができていなくとも、いくらか進められながら歩いているとしても、しっかり季節は変わってしまう。
それでもいつかは季節の変化に身を投じるのだから、はっきりとどこかで認識をしないと。終わらせることのできない季節だろうと、それは来る。足音なんてなくて突然に。
季節は繰り返すけど、物理的に戻せない時間とあの時の空気はもう二度と帰ってこないから、同じ夏は絶対に来ることはない。
夏は終わったのだ。
ただ、夏が終わっても、季節が変わっても、自分の立ち位置がいくら変わろうと、
いつまでもいつまでもただ純粋に照らしていてくれるタイヨウ。
変わらずに、ずっと照らしていてくれる。
こいつが、ずっと頭の上にいるんです。
時には痛いくらいに突き刺さる日差しもあるけれど、包みこむような心地いい光が大好きです。
手が届かないような場所からでも、これからも、ずっとずっと温めてくれてます。

犠打

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“自然”という表現。
僕らのやっている”表現”とは、見せたいポイントを絞るため往々にして、個性を求められない場がある。
無個性という芝居を狙って演る場合すらある。
各々が違う仮面をかぶって、その先に同じものを見ているような感覚。
表現はお祭りだ。

色眼鏡

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もっと上手に笑いたい。
もっと上手に泣き叫びたい。
もっといろんな色を見せてやりたい。
もっとシンプルで飾り気なく、なんのフィルターも介さないありのままの自然体で。
世界を変えるにはまず自分から。

江ノ島まで月を見に行ってきました

最近は連日の猛暑で、毎日毎日、雲ひとつない気持ちの良い晴天が続きます。
確かに暑いけどもこういう天気はとても好きです。スカッと気持ちがいいから。
それでも昼間は職場のオフィスにずっといるわけですが。
もちろん夜も雲ひとつない空。月がとても綺麗に登ります。
満月の時の存在感は異常です。

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夜になればなんぼか涼しくなってくるということで、江ノ島まで2日遅れの満月を観に行くことにしました。
て、まぁただの月見ですな。

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デジタル一眼と三脚を持って江ノ島神社の山を登ります。夜の23時くらい。さすがにこの時間になると人気は全くありません。

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上がったり下がったり、階段が多いので大変ですが、間接照明がとても綺麗でぼーっと歩いているだけで時間がどんどん過ぎていきます。
あまりに人がいないので、なんだか別空間に来たみたい。
一昨日が満月だったんですがこの日の月も十分に輝いていて、街灯がない場所でもかなり明るかったです。

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そこで撮ったのがこの月。ポツンと真ん中にある光の点が月。え、小さい?
そうです、一眼レフのレンズがあまり寄れるものじゃなかったのでこれが精一杯。
本当は風景とあわせて撮りたいシチュエーションがあったんですが、さすがに0時前後だと月はほぼ真上にあり、背景には何も入れられませんでした。
三脚くん頑張った。ずっと天を仰いでた三脚くん頑張った
え、じゃあわざわざ江ノ島まで行かなくても良かったんじゃないかって?
いや、写真にこそ収められなくともしかと目に焼き付けてまいりましたよ。
月の光に照らされる海岸。波の音。島の裏の海岸ともなると風もすごい吹いてきてずっといると寒くなりそうでした。

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最後に、上記の月の写真を拡大したもの
おお、結構ちゃんと撮れてますね。
ちゃんと月の海やクレーターの有無も確認できます。
完全な満月ではないので若干右側が欠けております。
今度はもっと望遠のレンズがそろったら撮ってみたいなあ。

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Zipper of back

どんなに論理的に正論を言おうが、通じないということは往々にしてある。
そうなってしまえばあとは、それでも伝えようと努力するか諦めるか。
でもね、同じテーブルにすら乗ってくれないんじゃ、どうしようもないじゃないか。

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や。ところでキミは、立てたのかい。

ケアン

温度を推し量れない状態で、こちらの本気に対して、別のベクトルを感じてしまうとふと絶望的な距離感を感じてしまう。楽な方を選ぼうとしてしまう。

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人は2度死ぬという。
一度は命が尽きたとき。2度目はその存在を忘れられたとき。
無かった事にされるのが怖くてしかない。
すべて通り抜けてしまう感覚。自分が無くなってしまう感じ。
自分が今しようとしていること、してきたことを先まで留めておけるのは、どんな形であれ発信を受け止めてくれる人にほかならない。
チラシの裏に書いてゴミ箱に捨ててしまうのと、なんら変わらないのだから。
しなければ良かった話なんて、ひとつもない。

平々凡々

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「普通じゃ嫌だ」って言えるやつは、自分がどれほど幸せな立場にいるのかを考えてみるといいよ。
好きな相手とくだらない番組をみながらツッコミを入れて、肩を寄せあって同じ食事をつっつきながら過ごしたり、仕事から帰ってきて先に寝てる相手の布団に潜り込みながら、キスしてぎゅうっと抱きしめて眠りについて、起きたら横にいる相手を引き寄せて体制を変えながら寝顔を眺めたり。毎日毎日くだらないくらい極めて普通な日々。
普通に就職して、普通に結婚して、普通に子供産んで、普通に看取られながら死んでいくんだよ。
最高だよ普通。
普通に死にたいよ。

底のカエル

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なにを考えてるの。
あなたはなにを考えて底にいるの。
上がってくればいいだけじゃないか。
ゆっくりゆっくりと。これ以上、下にに行くことはなんだから。
井の中の蛙でも、見える範囲の空をしっかりと見据えているんならいいじゃないか。
それならボクは喜んで蛙になろう。

レジューム

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低めに設定したエアコンの下でパワーセーブを押して体温の調節をしながら、渇いてもいない喉をカフェインが通って行く深夜の感覚。
少しの足しにでもなればと薄いタオルケットを、硬い床の上で羽織りながら思考を指先に集めている。
漠然とした一つの絶対的な完成形があって、そこから感覚の欠損や感情が埋もれていって様々なノイズのフィルターを通して、最終的に落ち着くカタチを自分の中で納得しながら出力する。そんな作業を繰り返す。パチパチパチパチ。
机においた携帯のディズプレイに反射する、ミュートにしたテレビから漏れる明かりに反応しながら目線を動かし、途切れ途切れになる思考をつなぎあわせて自分の軸の居場所を探す。なんとなくね、少しずつ少しづつ確認しながら。
怖いのはノイズに溶けこんでしまうこと。
しかし、もっと怖いのは、ノイズを聴こうとしないこと。

ゲット スマート

ポスター
邦題:ゲット スマート
原題:Get Smart
監督:ピーター・シーガル
製作総指揮:ピーター・シーガル、ブレント・オーコナー、ジミー・ミラー、デイナ・ゴールドバーグ、ブルース・バーマン
製作:アンドリュー・ラザー、チャールズ・ローヴェン、アレックス・ガートナー、マイケル・ユーイング
脚本:トム・J・アッスル、マット・エンバー、ブライアン・シンガー
音楽:トレバー・ラビン
撮影:ディーン・セムラー
編集:リチャード・ピアソン
美術:ウィン・トマス
出演:スティーヴ・カレル、アン・ハサウェイ、ドゥエイン・ジョンソン、アラン・アーキン、他
データ:2008年/アメリカ/111分 [ワーナー・ブラザーズ]
鑑賞方法:レンタルDVD
評価:★★★★☆
[ストーリー]
 マックスウェル・スマート(スティーヴ・カレル)は米国の秘密諜報機関“コントロール”で分析官として働いていた。地味なイメージの内勤ではなく、花形である現場エージェントとして活躍することを願い、テストにも合格。ところが上司(アラン・アーキン)にはその優れた分析能力を重要視されて、内勤を続けるよう命じられる。
そんな時、“コントロール”の本部が国際犯罪組織“カオス”の襲撃を受け、現場エージェント全員の個人情報が奪われてしまう。分析官の身分であるため情報が無事だった彼は急遽エージェント86となり、整形手術を受けたばかりで同じく”カオス”に顔が知られていないエージェント99(アン・ハサウェイ)と組んで、”カオス”を追うことになる。
(Wikipedia)
[インプレッション]
いかにもアメリカライクなコメディ映画。凝った設定ととんでもないほど豪華にお金をかけた舞台、大真面目にこういうお馬鹿コメディを作れる土壌がハリウッドにはある。とても羨ましいものだ。
そして、全力でやりきっているからこそ面白い。これでもかというほどにギャグを散りばめている。こういう作品を何億もかけて製作できる土壌がハリウッドなのだ。しかしながら、しっかりとビジネスモデルは出来ていて、ヒットする算段も宣伝活動も出来ている。
ただのギャグ映画ではなくきちんとストーリーの落しどころも描いている点は非常によく出来ていると思う。
個人的に”スパイ物”というだけでも好きなのに、緊張感のある設定はシニカルな笑いに富んでいる。こういったテーマも使い古されてはいるが決して古臭くなく観ることができる作品。
満足度はとても高いです。

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