ナイスコンプレックス

by axe | 2009年11月26日(木) 23:58

オモテ
ナイスコンプレックス N9
『ナイスコンプレックス』
[Cast]
藤田慶輔、キムラ 真、森田陽祐、早野実紗、西山弘教、神田友博、加藤隆浩、原田絵理 (劇団DarkMoon)、大久保悠依、原田麗可、星野葵子、ぷりてぃオガ!
[Staff]
作・演出:キムラ 真
舞台監督&美術:山田剛史
照明:仲光和樹
音響:岡田 悠 (One-Space)
写真:深沢飛鳥
制作協力:佐藤 希 (Karte)
[Time table] 青字=観にいった回
11月25日(水) 19:30
11月26日(木) 14:00/19:30
11月27日(金) 14:00/19:30
11月28日(土) 14:00/19:30
11月29日(日) 14:00
 [上映時間:約110分]
[Ticket]
前売:2,800円
当日:3,000円
平日昼:2,300円
高校生以下:1,000円
(全席自由)
[Place]
阿佐ヶ谷アルシェ
(→阿佐ヶ谷駅 徒歩7分)
[劇団 公式サイト]
劇団-ナイスコンプレックス-公式ウェブサイト
http://www.naikon.jp/
[ストーリー]
北海道札幌にある豊平川の土手から始まる物語。
裕福ではないけれど、それぞれの夢に向かう男女の間に出来た新しい命。
二人は夫婦となり、家族を作るという新しい目標に向け歩み始める。
やがて成長したその命は作家を目指し、売れないながらも自分の好きな道を歩む。
それを応援し続ける母。
作家としての兆しが見えた矢先、母の病が発覚する。
認知症――。
自分の目標と母の介護に挟まれる主人公。
国からの援助もなくなり、行き詰った主人公がとった行動は?
その結末は?
あなたの手は、何の為にありますか?

(チラシ・公式サイトから引用)
[インプレッション]
今回の舞台は実際にあった事件がモチーフにされている。”伏見の認知症母殺害事件”といわれるもので、概要は以下の内容。

京都市伏見区桂川河川敷で2月1日、無職片桐康晴被告が、認知症の母親を殺害して無理心中を図ったとみられる事件の初公判が19日に行われた。
事件内容は認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母と相談の上で殺害したというもの。
片桐被告は母を殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され一命を取り留めたとの事。
片桐被告は両親と3人暮らしだったが、95年に父が死亡。その頃から、母に認知症の症状が出始め、一人で介護した。
母は05年4月ごろから昼夜が逆転。徘徊で警察に保護されるなど症状が進行した。
片桐被告は休職してデイケアを利用したが介護負担は軽減せず、9月に退職。
生活保護は、失業給付金などを理由に認められなかった。
介護と両立する仕事は見つからず、12月に失業保険の給付がストップ。
カードローンの借り出しも限度額に達し、デイケア費やアパート代が払えなくなり、
06年1月31日に心中を決意した。
「最後の親孝行に」
片桐被告はこの日、車椅子の母を連れて京都市内を観光し、2月1日早朝、同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で
「もう生きられへん。此処で終わりやで。」などと言うと、母は
「そうか、あかんか。康晴、一緒やで」と答えた。片桐被告が
「すまんな」と謝ると、母は
「こっちに来い」と呼び、片桐被告が母の額にくっつけると、母は
「康晴はわしの子や。わしがやったる」と言った。
この言葉を聞いて、片桐被告は殺害を決意。母の首を絞めて殺し、
自分も包丁で首を切って自殺を図った。
冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていた。肩を震わせ、
眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。
裁判では検察官が片桐被告が献身的な介護の末に失職等を経て追い詰められていく過程を供述。
殺害時の2人のやりとりや、
「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介。
目を赤くした東尾裁判官が言葉を詰まらせ、刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。

[京都新聞など]

2006年2月1日に京都伏見で起こった認知症の母親を54歳の息子が殺害し、心中を図るという事件。実際に行われた地裁での公判でも、異例ともいえる検察側の”被告に有利ともとれる冒頭陳述”など、被告がいかに一生懸命頑張ってきたかを示すような内容だったという。本来罪状を暴くはずのものなのに、だ。
判決では裁判官は「介護の苦しみ、絶望感は言葉で言い尽くせない」「母のためにも幸せに生きてください」と励ましの言葉を添える温情判決だった。
この事件は2000年4月に始まった介護保険制度のあり方、認知症介護の問題についても深く
考えさせられる事件となったので個人的にもよく覚えている。
センセーショナルでなんとも傷ましいこの事件をモチーフとして舞台化するなんて、なんとも思い切ったことをするなぁと思ったが、完全なノンフィクションではなく多少の脚色を踏まえてのものでした。
まず、この事件の内容を知っている点で舞台の見かたが変わってくるわけですが、被告視点での展開で子供の頃からの出来事を追っていく見せ方。各役者が子供時代、大人時代を演じ、母親役に至っては子供を身ごもった若い頃から認知症の老人まで一人で演じ分けている。母親役はすごいと思うがやっぱり多少無理がある部分はしょうがない。小劇場だから贅沢にキャストを使い分けることもできないので。
芝居に関しては各役者に差があるのが気になったけども、しっかり感情移入して見ることができた。
実際の事件との相違点として、被告が”芝居をやって成功を目指している青年”という設定なのだが、これはどうだろう。
事実今回の事件で問題とされた適用されなかった介護保険制度のあり方と職につけなかったほどの負担という点は、役者といういつでも辞められることを同時進行していたという部分で「まず夢をあきらめてその時間働いておけばよかったじゃないか」という突っ込みができてしまうのだ。難しい。これは非常に難しい。
エンターテインメントの話として見せたい部分や感動させたいところは分かるが、事実として捉える部分は、「傷ましさを知って欲しい。みんなに伝えるためにモチーフにした」という理由から矛盾が起きているとしか思えない。
見せ方も最後の部分はしっかりと事実どおりに供述もかなり再現性が高かったのでなおさらその部分が気になってしまった。実際でも芝居をしている男性がこのような事件を起こしたらこのようなニュースの扱われ方はしなかったはずだ。
演出的な部分では好みが別れるが、最期のところは無理やり盛り上げられた感があったのが残念。そこまでちゃんと感情移入できていたので淡々と見せてくれたほうが僕個人としてはしっかりと泣けたし、来るものがあったと思う。
話自体は文章で読んでも泣けてしまうような内容なのだから、それを知っていただけに、舞台として料理したときの完成度が気になってしまった。
評価:★★★☆☆

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